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ロシア料理レストラン ロゴスキー
ロゴスキー物語

プロローグ

ここに一冊の本があります。 ロゴスキーの初代料理長「長屋美代」が昭和42年に出版した「生きて愛して」(主婦の友社)という本です。 この本は、岐阜の造り酒屋に生まれた美代が軍人に嫁ぎ、戦後、生活のために、 自分にとっては見たことも食べたこともないロシア料理を生業にし、 日々の営業のかたわらロシア語を覚え、ロシア料理原書を読めるようになり、 ソ連に修行の旅に出て、日本にロシア料理を広めていく日々と、 それを支える家族愛について書かれた本です。 この本の中に昭和26〜27年の頃のロゴスキー創業時の話があります。 創業者の長屋緑、美代夫妻がともに40歳代後半の頃のことです。 書き手である美代が59歳の時に振り返って書いています。 一冊の本の途中から抜粋して転記しましたので、読みづらいところもあるかと思いますが、 苦労のなかにも笑いのあるヨチヨチ歩きのロゴスキーの姿をどうぞお楽しみ下さい。

1951一章 ロゴスキー誕生の頃

第一話 開店前・食い倒れ一家

ロシア料理レストラン ロゴスキー
第二話 ロゴスキー開店

ロシア料理レストラン ロゴスキー
第三話 あやしげなロシア料理

ロシア料理レストラン ロゴスキー
第四話 星空テーブルと七輪のボルシチ

ロシア料理レストラン ロゴスキー
第五話 「ボールシチひとつ、ピロシキふたつ、トイレひとつ」

ロシア料理レストラン ロゴスキー
第六話  読売新聞「味なもの」

ここまでのまとめ

昭和26年に「マーケットの人通りまれな四等地」という場所で、 長屋緑・美代夫妻、息子の隆とともに開店したロゴスキーは、 それまでのカウンターだけの小さな店から、 昭和30年に30坪の店へ移転することができました。

世のグルメブームもあり商売は順調に思えましたが、 昭和30年代の終わり頃、緑は病気になり、そして店自体もさまざまな問題が出てきました。

そこから昭和40年に東急プラザに出店するまでの出来事を、 前回同様、 初代調理長・長屋美代が昭和42年に出版した 「生きて愛して」(主婦の友社)より一部を抜粋してご紹介いたします。
(緑・美代夫妻は50代後半、隆は30代前半の頃のことです。)

1965二章 東急プラザ開業

ロシア料理レストラン ロゴスキー
第七話  ロゴスキーをやめたい

ロシア料理レストラン ロゴスキー
第八話  老朽家屋での商売

ロシア料理レストラン ロゴスキー
第九話  東急ビル(東急プラザ)と契約

第十話 古いものと新しいもの

ここまでのまとめ

昭和26年から昭和40年まで、 初期のころのロゴスキーの歩みに おつきあいいただきありがとうございます。

文を抜粋した本「生きて愛して」(昭和42年 柴田書店)は、 初代調理長・長屋美代が、夫婦の歴史を主軸に書いた本ですが、 それを語るうえでロゴスキーの話は欠かせず、その時々の店の様子が出てきます。

「渋谷ロゴスキー物語」はなるべくロゴスキーのことにしぼって抜粋しましたが、 最後の東急プラザ開店の話は、緑の死を乗り越えての開店ということで、 もの悲しくなってしまい申し訳ありません。

しかし、東急プラザ開店後、自分たちの悲しみとはうらはらに、 大変多くのお客様がご来店になり、毎日が戦場となりました。
そのことがどんなに美代や隆、そして当時の従業員たちが励まされ 希望を持ってやってこられたかは想像に難くありません。

そして、そんな日々から50年目の今年、東急プラザが時代の役目を終え、閉館します。 ビルの開業からついに閉館まで、東急プラザの九階でロゴスキーは営業し続けることができました。
これもひとえに通い続けてくださったお客様あってのことで、 昨年の終わりごろから最後の思い出にと、ご来店のお客様がひっきりなしの状態です。

店と言うのは、店側の思惑でできているものではなく、
店とお客様の共同作品なのだと思い知らされます。
緑だけでなく美代も隆も先代は皆亡くなっていますが、 もし生きていたらどんな風に思ったでしょうか。聞いてみたいものです。

本の中に、ロゴスキーの経営法についてこんな風に書かれております。
「ロゴスキーの経営法も、武士の商法で、全然世の商売常識をはずれた独自のものである。
専門家が見れば、商売でないというであろう。
しかし、今日営業している以上、まごうかたなく商売である。
駆け引きも何もない、あるがままの懸命の商売である。
大もうけもできぬかわりに、堅実にこれで食べさせていただいている。
正直で商売ができぬなら、商売をやらぬでもよいという主義か。
誠実にお客様に、本物のロシア料理を出すことを理想としている」

これからもずっと「懸命に」「正直に」「誠実に」あり続けたいと思います。
支え続けてくださるお客様に、先代、先々代共々御礼申し上げます。

2015年2月 渋谷ロゴスキー 横地美香
(緑、美代の孫にあたります。主人とともに現在のロゴスキー経営者です。

2015三章 東急プラザ閉館〜銀座へ移転

ロシア料理レストラン ロゴスキー
渋谷ロゴスキー東急プラザ店閉店と移転先探し

銀座ニューメルサからのオファー

デパート催事の日々

ロシア料理レストラン ロゴスキー
新店舗のデザイン

ロシア料理レストラン ロゴスキー
新店舗の名称

2017四章 「渋谷ロゴスキー」から「ロゴスキー」へ店名変更

「渋谷ロゴスキー銀座本店」から「ロゴスキー」へ (2017.5.10 facebookより)

2020五章 「2020年の絶望と希望」

「2020年の絶望と希望」 (2020.12.30 facebookより)
店名 ロシア料理レストラン ロゴスキー  Russian Restaurant ROGOVSKI
所在地 〒104-0061 東京都中央区銀座5-7-10 EXITMELSA 7F(イグジットメルサ)
5-7-10 Ginza EXITMELSA 7F Chuo-Ku, Tokyo 104-0061
TEL 03-6274-6670
営業時間 11:00 - 22:00(21:00L.O) (アイドルタイムなし|通し営業です)
Lunch|11:00 - 15:00L.O (ランチは土日も営業しています)
定休日 年末年始(12月31日、1月1日)、月ごとの休業日については店舗へお問い合わせください。
全76席(すべて広めのテーブル席) / 半個室あり(〜10名様)
その他 ・店内完全禁煙(ひとつ上の階に喫煙ルームあり)
・無料Wi-Fiあり(EXITMELSAのWi-Fiがご利用いただけます。)
・店内バリアフリー(車椅子、ベビーカーでも安心してご入店頂けます。)
・ベビールームあり、多目的トイレあり

東京メトロ銀座駅 A2出口より、右前方70m(徒歩1分)にあるEXITMELSA(イグジットメルサ)7階。銀座中央通りとみゆき通りが交差する「銀座5丁目交差点」角地です。 和光や銀座三越のある「銀座4丁目交差点」より新橋方向へ徒歩1分です。

●東京メトロ:銀座線 丸の内線 日比谷線「銀座駅」 A2番出口より徒歩1分
●東京メトロ:有楽町線 「銀座一丁目駅」徒歩5分
●都営浅草線:「東銀座駅」徒歩5分
●JR「有楽町駅」徒歩9分

5-7-10 Ginza EXITMELSA 7F Chuo-Ku, Tokyo 104-0061
Please exit from gate A2 of the Ginza Station and come 70 meters straight forward.
EXITMELSA building which is there in right hand side,Our reutaurant is there in 7th floor.

By Subway:
●Ginza Line, Marunouchi Line, Hibiya Line, "Ginza" Station. Exit A2 - 1minute walk.
●Yurakutyo Line"Ginza1-tyoume" Station - 5minutes walk.
●Asakusa Line"Higashi Ginza" Station - 5minutes walk.
JR and Subway:"Yurakutyo" Station - 9minutes walk.